ラリー・バードの成績・名言やプロフィールを紹介!~後編~

スラムダンクでは、ジョーダン率いるシカゴ・ブルズが湘北高校のモデルとして知られていますが、ライバルの翔陽高校のモデルとなったボストン・セルティックスを率いていたのがラリー・バードです。では、NBA史上最高の白人選手として語り継がれるラリー・バードについて紹介します。

 

飛べない鳥ラリー・バードとは

現役中、「飛べない鳥」とも揶揄されることがあったラリー・バードですが、マジック・ジョンソンとも比較されるテクニックを持つ選手でした。そんなラリー・バードについて紹介します。

 

身体能力の差をテクニックでカバー

黒人選手と比べると、バードは必ずしも身体能力が優れた選手ではありませんでした。それが「飛べない鳥」という揶揄につながるのですが、バードは抜群のテクニックとセンスでそれをカバーしました。特にアシストの凄さはナンバーワンです。

 

3ポイントコンテスト3連覇

バードのテクニックの高さは、1986年から3ポイントコンテストで3連覇を果たしている成績からも明らかです。後述する明言を放ちながら、独特のフォームから繰り出されるシュートが次々と決まり当然のように優勝を飾っています。

 

そして、背番号は永久欠番に

バードの背番号33はボストン・セルティックスの永久欠番です。セルティックスには永久欠番の選手が多いですが、今もバードの背番号がホームコートに掲げられており、伝説は語り継がれています。なお、バードの引退セレモニーには、若いころからのライバルだったマジック・ジョンソンが登場し、また、ジョンソンの引退セレモニーにはバードが登場しました。

 

ラリー・バードの名言を紹介

上述の3ポイントコンテストで3連覇を決めた時に、バードはいくつもの明言を残しています。1986年、最初に優勝した時には、試合前にほかの出場者を見て「誰が2番になるんだろうか考えている」と言ってのけ、その通り自分が1番に輝きました。また、翌年には「おまえたちは準優勝するために来たんだろ。だって優勝するのは俺だから」と言い放ちましたが、実際に連覇を果たし有限実行しています。さらに、3年目には「今回はもう何も言わないよ。だって、誰が優勝するのかわかってるから」と言い放ち、当然のように優勝を決めて3連覇を果たしました。

 

まとめ

以上、ラリー・バードについて紹介しました。バードの引退は1992年なので、もうかなり時間が経っていますが、いまだにバード以上の白人選手は現れていません。今後もラリー・バードの凄さは語り継がれていくことでしょう。

 

 

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